「記事を書く人」になって4年が経った
2019年4月16日、途中で形態は変われど、「記事を書く」ことで賃金が発生する仕事を始めて4年が経った。
4年と言えば丁度大学の学部生を卒業するような年月であるので、これを一つの節目として現在までに起こった変化をまとめておきたい。
- 変わったこと➀形態が変わった
- 変わったこと②書きたいことが変わった
- 変わったこと③プライベートの過ごし方が変わった
- 変わったこと④伝えたいことが変わった
- 変わったこと⑤自分についての理解が変わった
- 終わりに
変わったこと➀形態が変わった
まず、この4年で身を置く媒体が変わった。
サービス名は明記できないが、大雑把に言うとキュレーションメディアから一次情報メディアにいる場所が変わり、それに伴って肩書もキュレーターからライターへ変わった。
キュレーションメディア全盛期にキュレーターとして活動できたことも、キュレーションメディアの権利問題がらみの騒動に直接関わったことも良い経験になっていると感じる。
現在は一次情報メディアの「中の人」として活動しているが、キュレーターだったときに「これもやれたらいいのにな」と思っていたことがだいたい実現できた。
一次情報メディアは自分の意思を色濃く反映できるのが大きな魅力の一つである。
それに対してキュレーションメディアは自分では表現できないものを、それをできる人に助けてもらってイメージに近い世界観をつくることができる。
どちらが良い・悪いという話ではなく、自分にとっては一次情報メディアの方がやりたいことに沿っていたと、両方経験して判断した。
時代が移り変わればメディアの形態も変化する。今後も新たな形のメディアが生まれていくだろうから、それらもぜひ経験できれば、と思う。
変わったこと②書きたいことが変わった
「記事を書く」ことを始めた当初は、自分の好きなものを発信したいという気持ちがモチベーションだった。
しかし、一年くらい経ったころからか、書きたいと思う内容が変わってきた。
自分が好きなものよりも、自身のサービスにあった方が良いと考えるものや、読者が読みたいものが書きたいという意識になったのだ。
正直、自身の好きなものがいつでもマスに刺さるとは今現在思っていない。
だから、自分の好きなものの良さを人に提示するよりは、自社のコンテンツが充実すること、多くの読者にとって役に立つ記事を出すことが自分にとっては重要で、それはライターとして必要な感覚だと考えている。
もちろん自分の好きなものはずっと好きだし、それが何かと比べて劣っているだとかそんな風には思っていない。
でもあくまでも今の私は一つのメディアの「中の人」であるから、「自身の発信すること=弊サービスが発信すること」ということを常に意識していきたいなと思う。
こんなにもSNSが発達している時代だ。自分の好きなことの発信は己のアカウントでしていけば十分である。
変わったこと③プライベートの過ごし方が変わった
端的に、この4年で情報中毒の生活になった。
「記事を書く人」になる前までも相当ネット依存の生活を送ってはいたが、それでもやはり1日のうちで情報収集に使う時間がかなり増えたと感じている。
実家に帰った時は大体父親に怒られる。
最初の一年は国内のTwitterやInstagramアカウントを見る程度だったが、今はあえてテレビを見たり、流行りの場所に行ってみたり、果てにはロシア人のInstagramアカウントを見てみたりと情報収集でなかなか忙しい毎日となっている。
ドラマやバラエティ、映画、漫画などなど、どこから次の「カワイイ」が生まれるかわからない。
本来よくあるラブストーリーは冷めた目で見てしまうのだが(良くないと思ってはいるが仕方ない)、流行っているとなると見なければならないような気がしていつの間にか毎週テレビに向かっていて、気がついたら涙を流しているのである。
そうなると本当の意味での自分の時間とは?と思ってしまうが、情報を集めることや知らないことを知ることは前から好きであるので、逆に言えば仕事中だってプライベートなのかもしれないと最近は割り切っている。
唯一心配と言えば心配なのは、いつか誰かと同居した時にこの生活スタイルに理解を示してもらえるのだろうかという点なのだが、一般的にどうなのでしょうね?
変わったこと④伝えたいことが変わった
これは②の「書きたいこと」と似て非なるものである。
キュレーションメディアの採用面接に向かう時の私は「女性のためになることがしたい」「カワイイに助けられたことへの恩返しをしたい」という気持ちだった。
その気持ちは今も変わらず持っているが、今はそれらを含めて「世界を平和にしたい」とか、「もっと世の中を自由に」とか「正の循環を」といった気持ちで文章を書いている。
情報収集の精度が上がり、また、幅広い情報に触れるにつれて、世の中のことを考えることが多くなった。
そしてそれらは決して自分とは違う世界に住む偉い人たちの問題ではなく、自身が苦しんできたことや向き合ってこなければならなかったことに結果として繋がっているとわかった。
自分は、一つの媒体を通して誰かの生活にするりと忍び込むことが出来る。
私の言葉選び一つで誰かを楽しませることも、悲しませることも出来る。
とても怖い仕事である。
だからこそ、多くの人にとって、社会にとって「良いこと」を提示する努力をしていきたい。
この先の化粧文化は女性だけのものではない。
男性も自由にメイクするのが当たり前になって欲しいし、反対に、「メイクをしない自由」が当たり前に認められる時代になって欲しい。
それをつくるのが日々の自分の仕事なのである。
何かの良い所を挙げるために、他の何かを下げることはしたくない。(そういった点で今いる会社のスタンスは自分にフィットしていると思う)
各々のカワイイがそれぞれサイコー、良いものに対価を払ってみんなハッピー。夢物語みたいだが、不特定多数の人にイメージを伝える者として、これを諦めるわけにはいかないのだ。
誰かの地獄をちょっとでも救える何かを日々模索し、誰かの人生のヒントになるものを作ることが出来ればとても良い。
変わったこと⑤自分についての理解が変わった
この4年で社会に対する理解も深まったが、それと同じくらい自分自身の理解も深まったように感じる。
前述したように、キュレーションメディアで働き始めた時は「女性のためになる何か」くらいにしか、やりたいことがわかっていなかった。
そして、自分に何ができるのかは全く理解できていなかった。
じゃあ今はどれくらい自分のことをわかっているのかという話だが、やりたいことは④で書いたとおりである。
メディアの中の人間として、より多くの人が自由に楽しく生きるための情報伝達をしていきたい。
自分はあくまでも情報の仲介者であると、ここ数年ひしひしと感じている。
私自身は斬新なアイディアとか革新的なデザイン、新たな技術を生み出すことができない。
しかし誰かがこだわってつくったものの情報を噛み砕いて、消費者がわかりやすい形に再構築することはできる。
素晴らしいものをつくる人の意図を正確に、そしてつくった人が気がついていない魅力を見つけ、より多くの消費者に伝える。
その活動を通して消費の正の循環を回せば、資本主義社会においては世界平和に少しずつ近づいていけると考えている。
また、自分はフリーではなく、編集部の中に籍を置く人間でもあり続けたいとわりと最近気がついた。
仕事をしていく中で喜びを感じる瞬間は?と聞かれたとき、最も優先して頭に浮かぶのはチームの中でファインプレーを褒められた時である。
メーカーさんや読者から直接感謝のお言葉を頂ける場面がこれまでは少なかったというのもあるが、やはり自分は個人ではなくチームでひとつのものをつくっていきたい。
だからこれからも場所は変わっても集団の中に身を置くのだろうなと予感している。
それから、自分は物事を「分析と総合」することが得意なのだろうとなんとなくわかってきた。
新しいものを一から生み出すのは苦手だが、世の中の流れや「一から生み出す」立場の人たちが提示するものを理解し、こういうことだよね!と言語化することはできる。
これは元々自分にあった能力かもしれないが、それを得意かもしれないと思えるレベルにまで引き上げてくれたのはこの4年間だったと思う。月並みな表現ではあるが、やはり継続は力なり。
これが得意であるからこそ、誰か一人に師事するというよりは、できるだけ多くの人の考えを聞いて必要なこと・大切なことは何であるかを考えていくスタイルの方が自分は成長できそうだとも思っている。
昨年末、友人に尊敬する人は?と聞かれて上手く出てこなかったのも、このことが理由ではないかと今なら思える。
自身の仕事のレベルを引っ張り上げてくれたのは今の会社の方々であることは間違いない一方で、前の会社で出会った方々は今も尊敬しているし、今の自分の仕事に生きている教えを沢山頂いた。
世の中に何かインパクトを与えられる人たちは、根底に同じものを持っているような気がしている。
今はまだ上手く言語化できないが、これから多くの人たちに出会って多くの考えに触れ、それが何なのかいつかきっと自分なりの答えを出したい。
終わりに
ここまで長々と今までの振り返りをしてきたが、最後に言及しておきたいのは自分は文章を書くことでひとを救いたいと思っている一方で、自身も救いたいと思っている事である。
ただの自分語りになってしまうが、幼い頃からとかく考え事をする子供であった。
気がつけば頭の中で思考が巡る。テーマはその時によって様々であるが、ポッと頭に出てきたことがどんどん発展していき、それは可視化しないと消化できないものであった。
そんな私を救ってくれたのは考えを言葉にすることが許されている環境だった。
言葉を扱うことを仕事にすれば、常に頭を埋め尽くす言葉をどんどん消化することが出来る。
少なくとも、就業時間内は仕事のことだけが頭に巡り、逐一言語化できる。
考えを文章として成り立たせることが得意になってきたので、通勤中などに考えごとで頭が破裂しそうになったとき、今じゃスマホにざっとメモして消化することが出来る。
自分がなぜこんなに苦しいのか、ずっとずっと考えてきた。
その答えは日本のカワイイ文化の下、カワイイを文章で提示し続ける中で見つかるという確信がある。
己を地獄から救うのは、自身の妥協しない思考と鍛えぬいた言語能力であるのだ。
浮き足立てる三月
最近会った人には話したけど、三月が好きだ。
正確には卒業式や修了式が終わってから入学式、始業式が来るまでの期間。
三寒四温の季節、暖かい日が増えてきて外にも出やすくなり(花粉は辛いが)、スキップしたくなるような。
かと思いきや突然真冬のように寒い日が来て現実に引き戻される。
高校生でも大学生でもない、学生でも社会人でもない、一年生でも二年生でもないあの感じ。
所在不明な存在が街に溢れていて、大いなる期待と不安で満ちている空気。
自分はこれまで通り同じ電車に乗って同じ会社に向かうのだが、"何者でもないひとたち"を見るとまるで自分もその仲間であるかのように錯覚してしまうのである。
何者でもないというのは同時に何者にもなれるということで、ふわふわした雰囲気の中に確かな希望を感じる。
浮き足立った空気に思わず自分もなんでもできそうな気さえしてくる。
今日は海に行ってみようとか、気になってたけど勇気が出なくて行けなかった店に入ってみようとか、大きなことから些細なことまで。
実際に実行できたのは後者だけだが。
今夜ベッドに入って目が覚めたら、いつも通りの一日が始まる。
いつも通りベッドから出て歯を磨き、着替えてメイクして髪を整え、いつも通りの時間に電車に乗る。いつも通りを積み重ねる平日。
浮き足立てる三月はあと数十分で終わるのだ。
アッチャアッチャって結局何?
2019年4月10日に発売されるアンジュルム最新シングル『恋はアッチャアッチャ』を聞いた。
その中に「恋がわたしのすべてじゃないけど」という歌詞がある。
私がずっとモヤモヤしていたことが言語化されているような気がして、この歌詞を発端に思ったこと/考えたことをメモとして残したい。
自分は常々、周りの人に対して平等に親切でありたいと思っている。
友達も後輩も先輩も恋人も、自分が役に立てそうであれば手を差し伸べたいし、逆にこの人にとって今自分は必要でないと思えば距離を置きたい。
こういうこと言うと冷たいとかドライだとか言われがちだが、友達・恋人であるから連絡を頻繁にとらなくちゃいけないとか、なんでも教えなくちゃいけないとか、優先して予定を空けなくちゃいけないとかは無いと思う。
必要なことは聞けばいいし、必要でないことは聞かない、自分からも言おうと思わない。
予定も早い者勝ちで入れるし、言われない限り予定を空けておくこともあまりない。
人間関係で何かあった時いつも思うのは、自分をつくるものはあくまでも日々の仕事や今まで続けてきた趣味であって、人間関係によってつくられるものは+αにすぎないということである。
自分と一番長い関係を築いているのは自分であって、自分を形作るものは日々の思考や自ら望んで触れてきた思想、芸術、価値観だ。
例え長年付き合った恋人や友人と別れても自分の人生は続いていくし、誤解を恐れずに言えば親が亡くなっても自分の人生は続く。
事実、大学四年間付き合った彼氏よりも、大学三年の時にハマった松浦弥太郎の本の方が今の自分に影響を与えていると思う。
そう、まさに「恋がわたしのすべてじゃない」し、つんく♂風にいえば「彼氏って言えど他人 仲間って言えどライバル 家族って言えど家族で 私ってやっぱ私」である。
私には友人や恋人以外にも大事にしたい趣味があるし、仕事も勉強も日々をつくる大きな要素だと思っている。
仕事をして、勉強をして、それに加えて映画もアニメも観たい。本も漫画も読みたい。音楽も聴きたい。展覧会にも行きたいし、喫茶店でゆっくりもしたい。ネットで情報も集めたい……。人生は大切なことをやりきるにはあまりにも短い。
だからこそ自分は周りの人の時間を奪うことに罪悪感に近い感情がある。
ただただ無為に連絡をとる時間で記事が一本書けるかもしれないし、勉強ができるかもしれない。体調を整えるために睡眠をとる時間にあてても良い。
私以外の人もまた、私との関係がその人の全てではないのだ。
ゆえに、友達や恋人と共に過ごすならその時間は大切にすべきであるし、自分のために時間を割いてくれることに感謝しなければと思う。
そしてまた自分がその人たちのためにできること、その人たちにとって最善の環境となるような選択をしていきたい。
必要であれば駆け付け、役に立ちそうな情報は提供し、その人の人生のステップにおいて自分が必要でなさそうな時は距離をおき、また一緒になにか楽しめそうであれば共にありたい。つまり、自分は自分と関係する人それぞれとパートナーとして関わっていきたいのだ。
どのような名がつけられた関係であっても、お互いが自立したひとつの存在としてコミュニケーションをとることが健やかな人間関係だと思う。
一緒にいれば即ち幸せ、一緒にいなければ不幸せな関係は私の中ではなんか違う。
ひとりでいても、一緒にいても楽しい関係をどの人とも築きたい。
幸せとは何なのかをよく考える。
自分は幸せとは思考の結果手に入れるもので、他人から与えられるものではないと捉えている。
これをすれば自分は幸せになれる、こう過ごせば自分は幸せでいられる。そういったものであって、結婚すれば幸せだとか、好きな人にサプライズをしてもらったら幸せだとかそういうふわっとした価値観は正直よくわからない不安定なものだと思う。
自分の幸せは自分でつかむ、というか自分で感じていくものであって、それは他者に依拠しない。
そんな思いとは逆に、共依存関係に陥りやすい人生を送ってきた自覚もある。
その人の何かを好きになって付き合っても、次第にその人の面倒をみるようになって、恋愛感情を抱けなくなってもその人を見捨てられないという理由でずるずると関係を続けてしまうことが多かった。
元々自分を女性として見て欲しくない、性別関係なしに一人の人間として扱って欲しいという欲求に応えてくれる相手が少ないため、それを満たしてくれる人を失いたくないがためにそうしてしまうのかもしれない。
ものすごくわがままなことを言っていることは承知の上であるが、自分を一個体として捉え、外見やバックボーンではなく思考の在り方や感じ取って表現したこと、生活のテンポなどの内面を評価して、互いの良きパートナーとなれる人が現れたら今まで抱えてきたことの荷が下りるのかもしれないと思ったり、
周囲の発言で自分の考えが揺らいだ時にそれはその人の価値観であって君のものではないだろうと当たり前のように言ってくれる人がいたら、他者から与えられる幸せを感じることが出来るのかもしれないと心のどこかで期待したりしている自分がいる。
このような思いから友人も恋人も自分にとっては等しくパートナーであってほしいが、あくまでそれは自分の価値観での捉え方である。
世の中自分とは違う考えで人間関係を捉えている人の方が圧倒的に多いのだから、これからも今まで同様に悲しく思うことも傷つくこともあると思うが、そんな時は『恋はアッチャアッチャ』の船木結パートを聴き、巧みな節回しに都度感嘆するのだろう。
アンジュルム26枚目のシングル、『恋はアッチャアッチャ/夢見た 15年』は4月10日発売です。
アンジュルム『恋はアッチャアッチャ』(ANGERME [Love is Accha Accha])(Promotion Edit) - YouTube
CHICCAブランドクリエイター 吉川康雄氏の契約満了について思うこと
2019年3月1日、メイクアップアーティスト吉川康雄氏がCHICCAブランドクリエイターから退任することが発表された。
カネボウ化粧品のプレステージブランドであるCHICCAは2008年のブランド創設以来、吉川康雄氏による革新的なプロダクトを提案。
美容意識の高い女性を中心に愛され、2018年にはブランド誕生10周年を迎えた。
10周年を祝った次はどんなものを見せてくれるだろう。
ブランドの人気アイテムの一つである「メスメリック リップグロス」のリニューアル品としてこの春登場した「メスメリック グラスリップオイル」を手に取り、今後のCHICCAに期待を膨らませたファンも多い中、吉川康雄氏とCHICCAの契約満了が突然発表されたのである。
「CHICCAブランドクリエイター 吉川康雄 契約満了のお知らせ」
日頃よりCHICCAをご愛顧いただき
誠にありがとうございます。
CHICCAブランドクリエイター吉川康雄は、 2019年3月31日をもちまして契約を満了致します。
これからもCHICCAは、
「艶めく、ときめく。“インビジブルメイク”で、あなたらしい美しさを。」をブランドコンセプトに、仕上りは素顔のように自然で、 “あなた”がきれいになるためのメイクアップを大人の女性へ向けてご提案してまいります。
今後ともCHICCAをどうぞよろしくお願い致します。
現時点でわかること
CHICCAブランドサイトと吉川氏のSNSからわかることは以下の三点である。
・吉川氏とCHICCAの契約満了は2019年3月31日
・2019年クリスマスコレクションは吉川氏のプロダクト
・吉川氏退任後もブランド自体は継続
注目したいのは三つ目。
吉川氏ありきでプロダクト制作を行ってきたCHICCAだが、吉川氏退任後もブランド自体は残ると現時点で発表していること。
しかし花王が2018年5月に発表した“新グローバルポートフォリオ”(https://www.kao.com/jp/corporate/news/2018/20180518-001/)にはCHICCAの名前が掲載されておらず、今後育てていくブランドの数にも入っていない。
現時点ではCHICCAは今後も継続と発表してはいるが、ブランド終了、少なくとも縮小は避けられないことが容易に推測される。
CHICCAと吉川康雄氏はメイク難民の救い
ここまでCHICCAに起こったことと今後についてまとめた。
ここからはCHICCAと吉川氏について個人的に思うことを述べていきたい。
吉川康雄というメイクアップアーティストは私が美容ライターを初め、仕事としていった経緯を語る上でなくてはならない存在である。
吉川康雄氏の存在を知るまで、私にとってメイクアップとは「コンプレックスを隠すもの」「可愛くない自分を可愛い誰かに見せるもの」だった。
しかし吉川康雄氏の初の著作『生まれつき美人に見せる』(2015年、ダイヤモンド社)を初めて読んだ時、自分の中でのメイクアップに対する考えががらりと変わった。
吉川康雄氏は著書の中で「生まれつき美人に見せるのがメイクアップの役割」「生まれ持った個性を生かす」ことを繰り返し説いている。
今でこそ「個性を活かす」こと自体がトレンドであるが、発売当時の世の中はおフェロメイク一辺倒。みんなが森絵梨佳になりたかった時代である。
そんな中で生まれ持ったものを活かそうと声を大にして言い始めたこと自体が凄い。
吉川氏の考えやプロダクトに触れて救われた気持ちになった女性は多いだろう。
流行りのメイクや基本とされるメイクが似合わない。
きれいになるためにメイクをしているはずなのに、雑誌に載っている通りにメイクしているはずなのに上手くいかない。自分は救いようのないブスなんだ……。
そんな自分がメイクを自由に楽しめるようになり、さらに美容ライターにまでなるようになったのは吉川氏とCHICCAのおかげだと思う。

2014年頃まではアイラインやアイシャドウのグラデーションがアイメイクのスタンダード。赤リップも流行っていた時代であった。
私ははっきりとしたアイラインも、アイシャドウの締め色も、鮮やかな赤リップもあまり似合わない。
今でこそパーソナルカラーの影響であると理解しているが、似合わない原因が分からなかった時はものすごく重大な悩みであった。
そんな中で出会った吉川氏のメイクアップ。
「薄く発色させていけば似合わない色はない」「アイラインは引くのではなく埋める」……などなど。
吉川氏の提案するメイク法の衝撃は今でも忘れられない。

自分がCHICCAのアイテムを実際に買うようになったのはもう少し後のことだが、初めてCHICCAのコスメを使った時も吉川氏の著書を読んだ時と同じくらいの衝撃を受けた。
なんといってもメイクが楽なのである。
CHICCAのブランドコンセプトは「インビジブルメイク=見えないメイク」。
使う人そのものを美しく見せることを第一に考えられ生まれたCHICCAのコスメは、使う人に難しいテクニックを強要しない。
誰がどれを手に取っても、その人自身を美しく見せてくれる。
「メイクがきれい」ではなく「なんか可愛い」を作り出してくれるCHICCAというブランドはまさに唯一無二の存在である。
吉川氏の凄さは第一にここにあると私は思っている。
もし自分がメイクアップアーティストなら「自分はこんなにきれいな色使いができるんです」「こんなに斬新なメイクができるんです」と言いたげなメイクをモデルに施してしまうと思う。
しかし吉川氏はあくまでもメイクではなく、モデル自身を主役にする。
ここが他のメイクアップアーティストとは違う、彼の個性であるように思われる。
吉川康雄氏が日本の化粧品業界に与えたもの
吉川氏は常に時代の先を行くアーティストである。
艶肌がマストなように思われる日本人のメイク。しかしどこを見ても艶!艶!と言い始めるようになったのは2015年頃からである。
その前まではパウダリーでマットなベースメイクが長らく日本人のメイクアップにおけるスタンダードであった。

この中で艶肌を提案し始めたのが吉川氏。
ニューヨークで活動していた時期も彼のつくるベースメイクの美しさには定評があったとのこと。当時はニューヨークでもパウダリーなベースが基本であった中、生き物としての美しさは艶に宿ると考えた吉川氏は流行りにとらわれることなく、自身が考える美しさを実現するために思考錯誤を重ね、艶肌を作る方法を独自で生み出した。
それを日本に持ち帰って、自身がクリエイターを務めるブランドCHICCAで艶肌をつくるベースアイテムを開発したのである。
まぶたに艶を…というのも今では当たり前だが、これの先駆けとなったのも吉川氏のメイクアップであるように思われる。
直接的にはコスメデコルテの大ヒット商品「アイグロウ ジェム」が濡れ艶まぶたを流行らせたとは思うが、なんていったって吉川氏はその前から「まぶたはセクシー担当。艶を出すべき」と声を大にして主張しているのだから。

そもそも「その人の魅力を引き出すのがメイクアップの役割」という考えも時代の最先端を行くものである。
人それぞれの個性を活かしているのがイケてるという流れになってきた近年、CHICCAが若い層にも多く支持されるようになってきたのはブランドのフィロソフィーに時代が追い付いてきたということであろう。
吉川康雄氏退任から考えられること・思うこと
他にも彼の功績は様々あるが、そんな日本を代表するメイクアップアーティストの活躍の場が一つ無くなってしまうのは非常に残念なことである。
多様性が叫ばれる今こそ、吉川氏のつくるCHICCAを必要としている人は多いはず。
確かにCHICCAは価格帯がやや高めであるし、店舗数も少ない。マスに受けているブランドとも言えない。
しかしニッチながらも業界の最先端を行くセンスを持ったブランドが終わりを迎えるというのは今後の日本のコスメ業界の先行きが不安になってしまう。
なによりもしんどいのは化粧品業界大手がハイセンスなクリエイターが活躍する場を一つ無くす判断を下した事実である。
日本の人口が減ってモノが売れない現状もわかる。海外に進出しなければ今後企業として生き残っていけないというのもわかる。
しかしだからといって日本を代表するアーティストのブランドを切り捨てるかね…と悲しくなってしまった。
百貨店のカウンセリングコスメは言ってしまえばエンターテイメントである。
ドラッグストアでも十分に質の良い化粧品を手に入れることが出来る今、わざわざ高いお金を出してカウンターに行って…という一見無駄な行為をする理由はブランドの付加価値やカンターでのサービスに意味を見出しているからである。
私たちは夢を買いに今日も伊勢丹一階の人混みに向かうのだ。
そんな夢を与えてくれる存在が現実的な理由から失われる……。
商売である以上仕方がないことかもしれないが、本当に悲しい。会社のトイレでちょっと泣いた。

もちろん、RMKのようにブランドクリエイターが退任してもブランド自体は継続するケースもある。
しかしRMKのファンデーションのように爆売れ商品が正直言って無いCHICCAがそれに当てはまるとは悲しいけれど考えられない。
しかもCHICCAは良い意味でも悪い意味でも吉川氏のイメージが強すぎる。
毎シーズン、発表会では自らが登壇し、コレクションの解説をする姿は美容業界の人間だけではなく、ブランドのファンにもお馴染みであろう。
“吉川節”とも言われるその独特な語りを今後聞けなくなるかと思うととても寂しい。
化粧品ブランドの固定ファンを掴む方法の一つとして、やはりディレクター・クリエイターを立てることは非常に効果的である。
CHICCAも吉川氏のメイク哲学に共感して……というファンが多い。
そのブランドが今後新しいクリエイターを迎えても、違和感を持つファンは多いだろう。
言うなれば、クリエイターはブランドにとっての原作者。
冨樫義博がもうHUNTER×HUNTERを描けないので違う人が描きますと言ったらやっぱりそれは違うだろうとみんなが思うだろう。
冨樫義博の描くHUNTER×HUNTERが読みたいように、私たちは吉川康雄のつくるCHICCAを使いたいのだ。いや、HUNTER×HUNTERのことは詳しくないんですけど……。

吉川氏はブログやSNSを通じてコレクションの解説までしてくれていた。それがきっかけで私は海外のメイクアップアーティストのブログも読むようになったし、吉川氏きっかけに知った芸術家だっている。
吉川氏だってCHICCAというコスメブランドの魅力をつくる要素なのである。
吉川氏が自身のメイク哲学を実現するためにつくったものがCHICCAのプロダクトである。
もし彼が新しくブランドをつくることになっても、同じ処方は当然使うことが出来ない。
彼が心血注いでこれが最高と思って出したものを今後彼が紹介することは出来ない。
今後、吉川さんが「メスメリック リップスティック」の新しい色を思いついても、私たちがそれを使うことは叶わない。
その事実が本当に悲しい。
いま私たちにできることは、吉川氏がつくったものを存分に楽しむこと。そして私は美容ライターとしてその魅力を出来る限り多くの人に知ってもらえるような文章を書くこと。それくらいしか思いつかない。
今後吉川康雄氏に良い活躍の場ができることを願うばかりである。
尾形春水さんの卒業にあてて

2018年6月20日、モーニング娘。‘18 12期メンバー尾形春水さんが同グループ及びハロー!プロジェクトを卒業する。
お世辞にも一般に知られているとは言えないメンバーであるが、私にとっては唯一無二の存在である尾形春水さん。
尾形春水さんがどんなアイドルであるか、どこが好きなのかを卒業前にまとめておきたいと思う。
尾形さんを好きになったきっかけ
尾形春水さんがモーニング娘。に加入したのは、2014年9月30日。日本武道館で行われた『モーニング娘。‘14コンサートツアー秋 GIVE ME MORE LOVE~道重さゆみ卒業スペシャル~』でお披露目された。
12期メンバーは「モーニング娘。‘14<黄金(ゴールデン)>オーディション!」の合格者2人と2人の研修生昇格組で構成されている。
このオーディションは後にアンジュルムに加入する上國料萌衣さんや元カントリー・ガールズの島村嬉唄さん、カントリー・ガールズの小関舞さん、つばきファクトリーの浅倉樹々さん、谷本安美さん、小野田紗栞さんなどが合宿審査に進出したオーディションで、かなりの激戦だったと言われている。
そんな中オーディションを勝ち抜いた尾形春水さん。
初めてオーディションの様子を見た時は「なぜこの子!?」と正直思ってしまった。
尾形春水さんは歌・ダンス未経験。9年間フィギュアスケートを習っていたことからダンスはついていけそうか?という雰囲気もあったが、それにしても同じオーディションを受けていたメンバーのレベルが高かったこともあり、「なぜ」という空気が否めなかった。
それに対して同じくオーディション合格者である野中美希さんはダンス経験あり、ピアノも弾けて歌もそこそこ、さらには帰国子女で英語も話せるという期待大のメンバー。
さらには研修生昇格組の牧野真莉愛さん(ハロプロ研修生花の17期)は当時の研修生の中でも人気メンバーで、羽賀朱音さんはハロプロ研修生黄金世代とも呼ばれる20期メンバー。
みんな期待されて加入した中、尾形春水さんは少し謎なメンバーであったような印象がある。
私個人の感想としてはお披露目された時、オーディション組の2人はなんかパッとしない子たちだなあというのが正直な印象だった。
12期メンバーはモーニング娘。‘15から本格的な活動を開始。
それからも道重さゆみが卒業して若いメンバーのみになったモーニング娘。にそこまでの熱量を持てなかった私は、スマイレージ(ここ大事)3期の室田瑞樹ちゃんにハマりながら最高のつんく♂ファンである福田花音さんが卒業するアンジュルムを応援し、モーニング娘。‘15のことは遠目に見ていた。
(道重卒後、鞘師がメディアに取り上げられるたびに「ストイック」「厳しい」というイメージばかり強調されて可哀そうに思ってしまったこともある。)
それが一変、「この子良い!」と思ったのがモーニング娘。‘16の頃。モーニング娘。62枚目のシングル「セクシーキャットの演説/ムキダシで向き合って/そうじゃない」である。
「セクシーキャットの演説」のMVを見た時、「なんだこの美少女は!!!!」と衝撃を受けた。
黒の衣装が映える真っ白な肌にまとめ髪で強調された美しい輪郭。日本人離れしたミステリアスな顔立ち。尾形春水さんのビジュアルに惹かれてしまったのである。
それからモーニング娘。‘15「ENDLESS SKY」のMVを見てその美しさを再確認し、ブログやラジオもチェックするようになった。
それまで「可愛いのは当たり前。歌えて踊れるアイドルじゃないと推せない!」と思っていた亀井絵里・前田憂佳の亡霊オタクの信念は尾形春水さんのビジュアルの前にガラガラと音を立てて崩れ落ちたのである。
尾形さんの人柄が好き
尾形春水さんは加入して2年経ってもやっぱり歌はへっぽこ。ダンスはついていけているが場位置は端がほとんどだった。
それでも尾形春水さんは持ち前の賢さを武器にMCやラジオで活躍していた(と信じたい)し、特技である画像編集を活かして写真に写り込んだ一般人を違和感なく消してブログにアップするたびに「凄すぎる」とファンをざわつかせた。
尾形春水さんは努力を人に見せないタイプであった。
歌・ダンス共に未経験で年々レベルが上がっていくフォーメーションダンス、ありすぎるほどの楽曲をこなしていくのは相当大変なことだったであろう。
モーニング娘。OGは「モーニング娘。は後から加入する子ほど大変」とよく語る。
1年中行われるコンサート、CD発売の度に開催される握手会。
その他にもたくさんの仕事がある中でレッスンもこなしていくのは10代の女の子にとってどれだけ大変なことだったのか。
しかし尾形春水さんはブログなどファンに見えるところで大変だというところはほとんど見せていない。
つい最近行われたソロでの全国握手会で交通トラブルが起こった時にも「自由時間が増えたと思った」と語るほどポジティブな性格も理由の一つであろう。
しかし「鞘師さんに憧れました」と言っていたわりにメンバーになってからあまり鞘師さんにくっついているところを見せなかったことのように、彼女なりにアイドルとしての信念があったのではないかと思う。
妖精のように繊細な容姿とは裏腹に、尾形春水さんはとても頑固な性格である。
尾形春水さんは2015年~2016年上半期あたりに激痩せしたことがファンの間で心配されていた。
それまで「ママが手作りにこだわる人で冷凍食品を全然食べられなかった(本人談)」ほど大切に育てられてきた人である。
急激な環境の変化や不規則なスケジュール、食事の変化に身体がついていかないのは当然とも言えるだろう。
それでも尾形春水さんはファンの見えるところで弱音を吐くことは無かった。
加入後は12期全体として特別フィーチャーされることがなくても、2017年に加入した13期メンバーが自分たちではありえなかったほどに推されても、芸能活動の裏で取り組んだ大学受験に落ちても笑顔を絶やすことのなかった尾形さん。
なんて凄い人なんだろう。
卒業理由は短大進学であるが、もともと大学受験も周りに反対されていたという。
しかし「両親との約束だから春水は絶対受験する!」と決めて2年間モーニング娘。の活動と勉強を両立させ、見事大学合格を決めたのは本当に凄いとしか言えない。(塾にも通っていたなんて凄すぎる)
尾形春水さんとパフォーマンス
尾形春水さんの努力がパフォーマンス面で実ってきたのは2017年あたりのように思われる。
2017年と言えば、13期メンバーの加入と尾形・羽賀ファンにとっては衝撃のハロ!ステダンスレッスン映像から始まった。
後者に関してはハロステを毎回少なくとも二度は見る自分がもう二度と見たくないサムネも見たくないと思うほど良くない思い出なので詳しくは割愛するが、これらのことが刺激になったと尾形さんと羽賀さんはインタビューで語っている。
確かにそれまでは一番後輩として先輩についていっていた12期にとっては後輩が加入してくることと自分たちではありえなかったほど推されていたことはかなりの焦りになったのだろう。
尾形さんと羽賀さんにとっては、同期である野中さんと牧野さんは既にセンターを経験しているのに……。という気持ちもあっただろう。
その頃は辛かったと卒業を目前にして明かされたが、そう思うのも当然。むしろその辛さをファンの前ではほとんど見せなかった根性が素晴らしいと思う。
尾形さんの努力の形は2017年の夏頃、まずダンスで私の目に入ってきた。
初めはライブ新曲として発表された「青春 Say A-Ha」間奏のダンス。今まで端にいることが多かった尾形さんがセンターすぐ横で踊っていた。
センターは「ダンスマシーン」と評される石田亜佑美さん、そしていわゆる「シンメ」と言われる位置には手脚が長くダンス映えする13期の加賀楓さん。
尾形オタクは大歓喜だった。その後多少の位置変更があっても尾形さんの位置は変わらず、シンメの位置には9期の生田さん。オタクは涙がちょちょぎれたよ。
歌も少しずつ上達し、レコーディング映像には「はーちん歌えてるじゃん」のようなコメントも多く見られるようになった。
個人の見解として、尾形さんは一つの曲に対してゆっくり歌い込んでいくタイプのように思われる。
だからレコーディングはあまり得意でないように見られても、コンサートで聞くとちゃんと歌えている。
そして、尾形春水さんはその声がモーニング娘。というグループでの武器の一つだと思う。
今のモーニング娘。メンバーは声が低め、もしくは尖った声が多い。
そんな中尾形春水さんの歌声はとても柔らかく、どのメンバーと併せても喧嘩することが無い。
ソロで歌わせるにはやや説得力に欠けるが、ユニゾンを作る上で非常に重要な声なのではないだろうか。
現に12期メンバーのユニゾンはとても綺麗だと言われることが多い。
時に鞘師さんに似ている野中さんのやや尖った声、力んでしまうことも多い真莉愛さんの声を柔らかく明るい尾形さんの声と太さと安定感のある羽賀さんの声で包む。
本当に絶妙なバランスだと思うのだ。
尾形さんの“声”の魅力
尾形さんの柔らかい声は、トークにおいてもその魅力の一つとなっていた。
尾形さんが使う関西弁は、時としてキツい印象を与えてしまうこともある方言である。
しかし尾形さんが話すとなぜかいつもほんわかとして柔らかい。
尾形さんの出身が京都よりの大阪ということも理由の一つであろうが、やはり声が一番の理由だと私には感じられる。
飯窪さんをキツめにいじっても、DVDマガジンのブーブークッションドッキリで素直にしゃべりすぎて(ピー音で隠されて)もアイドルらしさを失わないのはその声が理由なのではないか。
持ち前の賢さと柔らかな声で何をしても、何を話しても嫌味の無い尾形さん。
初めはビジュアルから入った私だが、今では尾形さんの声が彼女を好きな一番の理由である。
尾形春水は新たなモーニング娘。メンバーの形
尾形さんは握手会が好きだと語る。
握手会が苦手だと公言するメンバーもちらほらいる中、握手会が好きと自分から言うメンバーは極めて珍しいように思われる。
握手会対応の良さがテレビ番組でも取り上げられた尾形さん。
スキル重視の風潮が続く中、「春水は歌とダンスが苦手やからMCで頑張る」とも言っていた。
頭の回転が速く記憶力も良い尾形さんが輝ける場所は握手会とMCだったのだろう。
そんな尾形さんはあくまでもパフォーマンスが本業であるモーニング娘。においてはそういった意味で新しいメンバーだと考える。
それまではダンスが苦手なメンバーが悪目立ちしないようにとのことでつんく♂が考えたフォーメーションダンスは一方で個性を殺すパフォーマンスだと言えるかもしれない。
しかしフォーメーションダンスが完成した(と私は思う)‘14から新たなグループの形の模索を始めた’15。
12期に選ばれたメンバーを見ると、次の時代はメンバーの個性を重視したいという流れになったのではないかと思う。
実際、現在一番人気と言われているメンバーの佐藤優樹さんは‘15くらいからメキメキとパフォーマンス力を上げ、その個性あふれる表現で多くの新規ファンを獲得した。
少なくとも私にとって尾形春水さんというアイドルは、モーニング娘。新たな時代を切り拓くメンバーの一人である。
尾形春水と牧野真莉愛

アイドルという視点で尾形春水さんを語る上で、同期メンバーの牧野真莉愛さんという存在は外してはならないと思う。
尾形さんと実際に仲が良かったメンバーといえば野中さん、羽賀さんだが、私はお世辞にも仲良しとは言えない牧野真莉愛さんと尾形春水さんの関係にアイドルとしての魅力を感じている。
牧野真莉愛さんは言うまでもなくモーニング娘。の人気メンバー。
研修生時代から人気が高く、「娘。入り確実」と囁かれている中本当に加入してきた期待大のメンバーであった。
そんな牧野さんと尾形さんは性格が正反対だとお互いに語る。
とにかく真面目・純真・一生懸命・ちょっぴり抜けている牧野さんと真面目で賢いが面倒くさがりでやや捻くれたところもある尾形さん。
初めはあまり話さなかったというのも当然である。
しかし2人での仕事も多かったのも事実。
性格だけではなく見た目もアイドルとしての魅力も正反対な「はるまき」コンビはお互いを引き立て合う最高の組み合わせだと事務所も思っていたのではないだろうか。
幼い頃からハロプロ研修生として活動していた牧野さんと、オーディションを受けられるぎりぎりの年齢である高校生で一般加入した尾形さん。
台湾系っぽいアジアン美少女の牧野さんとヨーロッパ系の雰囲気がある顔立ちの美少女尾形さん。
健康的で圧倒的な「陽」のイメージを持つイメージを持つ牧野さんと無機質でどこかもの憂げな「陰」のイメージを持つ尾形さん。
その他にも牧野さんが動画で見るのが一番可愛い「動」のイメージを持つのに対して、尾形さんは抜群に写真映えする「静」の魅力を持っていた。
一番に注目すべきは個性の種類の違いである。
牧野さんは「そうじゃない」でも見られたように、センターに置くと「牧野真莉愛」という個性が前面に出るタイプ。
しかし尾形さんは反対にその無機質な美しさから、「セクシーキャットの演説」のように現実離れした世界観でもすっと溶け込んでいけるタイプであると思う。
こんなにも正反対の魅力を持つ2人なのだから、本人たちの仲が特別良くなくても事務所の大人たちが2人での仕事を増やしたのも頷ける。
感情をとても素直に表し、すぐ泣いてしまう牧野さんと滅多なことでは涙を流さない尾形さん……なんて楽しみもあった。(私ははーちんのドライさが好き)
こんなにも魅力的な「はるまき」コンビのこの先を見ることが出来なくなるのは本当にもったいないし寂しい。
だって小田さくらリーダーの下はるまきコンビがビジュアル無双をするのを夢見ていたから……。
とはいえ卒業が決まっていることは変えられないことなので、これからは12期みんなの成長を見守っていきたいと思う。
Are you Happy?/A gonnaが表すもの
尾形さんの卒業シングルは2018年6月13日に発売された両Aメンシングル「Are you Happy?/A gonna」である。
この2曲はどちらもつんく♂作詞作曲。挑戦的な曲の作りと今までに無かった振り付けが良くも悪くもハロプロファンの関心を呼んでいると感じる。
2曲とも強烈な印象であるため、「はーちんこれで卒業するの?ヤバすぎる」という声も多い。
A gonnaに関してはレコーディングが尾形さんの卒業が決まる前だったそうで、尾形さんは発表から卒業までの期間が極端に短かったことから、つんく♂も事務所も今回の2曲は特別尾形さんに向けたものと想定していないのではと思われる。
私にとっては、推しの卒業ソングが欲しいという気持ちはファンである限り持っているが、今回に関しては仕方ないという気持ちの方が先立つ。
むしろ、卒業曲として作っていないのに12期をフィーチャーしてくれてありがとう、12期よくやったと言いたい。
モーニング娘。'18『A gonna』(Morning Musume。'18[A gonna])(Promotion Edit)
そんな2曲であるが、尾形さんはA gonnaを聞いて「自分の気持ちが見透かされている」ように感じたそう。
特に
したいことは
自分しかわからん
という歌詞が卒業決定の後押しをしてくれたそう。
「えーがな」と関西弁がタイトルになっているところは、モーニング娘。歴代唯一の大阪出身メンバー尾形春水さんを想起させるものでもある。
このような意味でA gonnaは尾形春水さんの曲で(も)あると言っていいのではないだろうか。
今回のシングルのメインはAre you Happy?の方であるようだが、この一曲は2017年あたりから特徴的なつんく♂の「めんどくさい女子」シリーズの集大成になりそうだ。
つんく♂は「ジェラシー ジェラシー」あたりから、「周りが気になる、個性を出したい、愛が欲しい、私だけを見て欲しい」女子を続けてテーマにしている。
このテーマについては今後他グループ提供曲なども見て一度考えたいので今回は詳しくは取り扱わないが、果たしてこれは尾形さんにも当てはまるテーマなのか。
私の結論としてはYESである。
尾形さんは面倒くさがりだが、その実ブログではかまってちゃんともとれる内容が多かった。
メイクにこだわりが無い一方で一時期はアイプチをしている時期もあったし、基本的に自撮りは加工しているなと思う(それが悪いとは思わない)。
そしてそれぞれの個性が豊かな12期の中で一人だけ「魅力を出し切れない」と悩むことも多かったそうだ。
この歌詞に関してはOK出した大人を許していないぞコンプライアンスどうなってんだ。
頓着無いように見せて自信が無く、一人で抱え込んで悩んでしまう。それが尾形春水さんの性格であるように思われる。
だから
自信もないけど 私
幸せになりたい
し、
努力してるでしょ? 私
幸せになりたい
のだと思うのである。
卒業シングル以外でも宛書の多いつんく♂の今のミューズは佐藤優樹さんであるように見られるが、今のモーニング娘。にはめんどくさい女子代表の佐藤さん以外にもそれに当てはまるメンバーが実は多いのではないか。
尾形春水さんも違わずそんな「めんどくさい女子」の一面を持っていたのだろう。
終わりに
ここまでつらつらと推しの尾形春水さんについて思うことを書いてきたが、尾形春水さんのアイドル人生は2018年6月20日の武道館公演で幕を閉じる。
同い年のスーパースター鞘師里保さんに憧れてモーニング娘。になった彼女が憧れる先輩の卒業後、自分の道を見つけていく姿を少しでも目に出来たことは本当にありがたいことだった。
元々勉強ができる尾形さんはモーニング娘。卒業後また勉学の道、いわゆる「普通の女の子」の人生に戻っていくが、「将来は裏方につきたい」と語ってくれたことが素直に嬉しい。
「自分は人の注目を集める場が好きなんだ」と思ってモーニング娘。オーディションに応募した女の子が、アイドル活動を通して舞台を支える裏方に興味を持ち、勉強したいとまで思ったこと。ファンとして寂しい気持ちもあるが、応援したいとも思うのだ。
尾形春水さんに出会えて、小さい頃から好きだったモーニング娘。のことをまた心から好きになれて良かった。
今日だけは寂しいと思わせてね、はーちん。